ヘッダー指揮官雑感

現在東映chでは『バトルフィーバーJ』がオンエアされています。

ヘッダー指揮官が放送当時の事情によりキャスト変更となったお話はよく知られていますが、今回の
東映chのオンエアは、LDソフトと同様、4話と6話だけが変更前の潮健児氏バージョン、それ以外は
キャスト変更後の石橋雅史氏バージョンとなっているそうで。

4話は石橋氏がゲスト敵役として御出演、6話はヘッダーさん自らが出かけて前線指揮&それを
目撃した少年が彼の事を「イタチみたいなおじさん」という形容をするなど、色々と差し替えが難しい
状況だったので、マスターの撮り直しが効かなかったのかと思われます。

潮氏のヘッダーは、なんともエキセントリックで俗物的。すごく怪しげで生臭坊主っぽい感じです。
4話では左程に出番は多くなかったですが、前線に立ってレーダー基地をのっとる6話では出番が
かなり多く、基地をのっとった後に、余裕綽々でふざけながらバトルシャークをあしらい、BF隊を
コケにして笑う様が、もうハマりすぎています。

いっぽう、石橋氏のヘッダーは、生真面目で禁欲的な感じ。「ヘッダー指揮官」は、製作当初から
石橋氏のために用意された役ではなく、キャスト交代も不測の事態に伴う突然の御話であったので、
石橋氏御本人も、最後まで役が自分のものにならず中途半端であった、と、インタビューで御話
されていらっしゃいます。先述した潮氏のヘッダーのパーソナリティは、最終的に形成された
石橋氏のヘッダーのそれとは、まるで違うものでした。

でも、やはり、ヘッダー指揮官の名シーンとしてよく知られている50話、そしてそれに続くヘッダー
復活編の51話は、やはり石橋氏がヘッダーを演じられたからこそ導かれた御最期であったろうと
思えます。50話での、バトルフランスの言葉を一部借りればまさに時代劇の最終決戦のようであった
堂々たる鉄山将軍との一騎打ちは、私なぞが言うに及ばずのすばらしい決戦でございましたが、
続く51話でも印象的な台詞がありました。それは・・・




50話で鉄山将軍との決戦に敗れて落命するも、サタンエゴスの儀式によって、翌週怪人体となって
復活を果たしたヘッダーは、一度はバトルフィーバー隊のペンタフォースによりその身を粉砕されるも、
サタンエゴスの力によって細胞ひとつひとつに命を宿しているため、ペンタフォースの衝撃にも焼け残った
目玉が意思を持ってバトルケニアの足に取りつき、遂にBF基地への潜入を果たします。

隙をみて目玉から全身を再生し、まずは鉄山将軍暗殺を目指し彼の寝所に忍び込みますが、
畳を蟻が這う足音さえも聞き分けることが出来るという(!)将軍の超人的能力の前に、それは果たせず
終いに・・・。慌ててその場から逃げ去りますが、将軍とBF隊は彼を追い詰めます。多勢に無勢!
しかし、鉄山将軍暗殺だけがヘッダー怪人の狙いではありませんでした。もう一つの狙いは、その身に
括り付けた自爆装置ごと、BF基地を吹っ飛ばすことだったのです。事ここに至り、異形のヘッダー怪人は、
もとの姿-あのヘッダー指揮官へと姿を変えます。

鉄山「貴様は、ヘッダー指揮官!?」
ヘッダー「そうだ・・・お前に斬られたヘッダーが、怪人に身を変えて復讐に来た!」
鉄山「怪人に身を変えて・・・!?」
ヘッダー「・・・とうとうお前達に恨みを果たす時が来た・・・この基地もろとも海の底へ引きずり込んでやる!」
(たじろぐバトルフィーバー隊)
ヘッダー「・・・幾度悔し涙を流したか・・・!鉄山、土下座して命乞いしろ!悪かったと泣いて頼め!!」

はい、ここでストップ!-「幾度悔し涙を流したか」という、この台詞です。そう・・・ヘッダー指揮官は
BF隊に敗北を喫していたその裏で、人知れず悔しみに身を震わせて涙していたのです。ヘッダーには
ヘッダーの正義があり、その邪魔をするBF隊の行動は悪である。それを貫かんとしてこそ、彼は
慟哭し、並々ならぬ執念を持ってBF隊と戦っていたのだ-そんな思いがひしひしと伝わってくる様な
台詞ではありませんか!

もっとも、土下座を強要するヘッダーの言葉を鉄山は「のぼせるな!」と一喝。「たとえ九分九厘駄目でも、
後の一厘に望みをかける、それが私の信条だ」その一厘の望みこそ、将軍が九官鳥ロボットに人知れず
仕込んでいた、強力な冷凍光線でした。再び怪人の姿へと戻ったヘッダーは、不意打ちで冷凍光線を
喰らって時限爆破装置ごと凍結され、身動きが取れなくなってしまいます。こうして、ヘッダーの目論んだ
基地爆破は阻止され、彼は今度こそ再生できないよう、特殊装置に閉じ込められ、完膚なきまでに
焼き尽くされてしまいます。その後、ヘッダーの遺志が籠った弟ロボも出撃し、クロスフィーバーや
電光剣が効かないという無双の強さを見せますが、結局バトルフィーバーパワーの籠ったロボの一撃の
前に倒れます。激闘が終わり、鉄山将軍は執念の士であったヘッダーを、「敵ながら天晴」と評したのでした。

先述の内容の繰り返しになりますが・・・やはり、『バトルフィーバーJ』を見るたびに思うのです。
ヘッダー指揮官を鬼気迫る執念を纏った好敵手たらしめ、あの様な印象的な御最期となったのは、
やはり石橋氏の御力あってこそであったのだ、と。
[PR]
by kimagure_goten | 2006-07-02 23:53 | 特撮
<< 「背徳的な甘美」 緑の地平線 >>